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五月人形(5月人形)の初節句飾り特徴(ポイント)のご案内



・五月人形には大きく分けて、兜飾り・鎧飾り・大将飾に分かれます。 ・飾りタイプとして平飾り・2段・3段・収納飾り・ケース飾り・かぶと・よろい単品・高級な伝統工芸品飾りなどのお品がございます。
・デザイン素材は。伝統的な金色の金物・シルバー色・ブロンズ・友禅・金襴・ちりめん・正絹・金彩・刺繍がされた商品がございます。
・各百貨店・久月作・吉徳・豊久などとコラボセットなど多数のセットがございます。
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男の子の初節句飾り(端午の節句)こどもの日お飾りのお品のご用命は弊社にお任せください。

五月人形の意味や由来/歴史

雛人形/五月人形/鯉のぼりの通販サイト、販売店陣屋の五月人形の豆知識の案内ページです。 人形(ひとがた)製造の専門店の収納方法や製や飾り方などのポイントをまとめました。 初節句とは? 五月人形(読み方はごがつにんぎょう)さつきにんぎょうと読まれる方もいらっしゃいます。 五月人形は、端午の節句の厄除けとして甲胄(鎧・兜)などを飾ります。 五月人形の関連品などを用意して周りに飾ります。 五月人形の関連商品としては、金太郎・桃太郎・名前旗・室内幟旗粽・柏餅・軍扇・太鼓・ 陣屋提灯・両立鯉のぼり・鍾馗人形・神武天皇・白馬の飾り等各種あります。 どれも魔除けとしてお守り替わりに飾ります。 内飾り(五月人形)、外飾り(こいのぼり)は共に男の子のすこやかな成長を願って飾る物ですので、五月人形はよく誰が贈るのなどお問い合わせがございますが、誰が買うの・大きさや色合いよりも、心がこもってさえいれば五月人形の大小に関わらず、一番良いお祝が出来ると私たちは考えます。五月人形だけでなく、 菖蒲の花や柏餅を飾り(意味も理解した上で)、元気な初節句のお祝いをしてあげて下さい。 おじいちゃん、お父さん、赤ちゃんと、ご家族みなさんの鎧・兜・甲冑も一緒に可能な限り飾ってあげて下さい。 ご家族みなさんのお祝する気持ちが一番大事な事だと私達は考えます。

端午の節句のお祝のお料理・祝膳・用意など

五月人形を飾りお祝いするのは、本来は五月五日の子供の日当日ですが、その前の都合の良い日でもかまいません。みんなでお祝いする事が一番大事なのです。両家の両親やお祝いを頂いた方、親しくしている方々や、友人たちを招いて下さい。 五月人形を飾り、お祝いには 菖蒲と柏餅や粽が基本です。菖蒲は長ければ長い程良く、菖蒲酒や菖蒲湯にしても使います。 当日のごちそうは鯉又は川の魚と山の幸をメインにちまきなどをふるまいます。菖蒲をひたしたお酒は、菖蒲酒として邪気を払うとされ縁起が良しとされています。 親から子に対する愛情のあらわれである「無病息災・長寿・魔除け」と「健全な成長」、端午の節句は赤ちゃんの健やかな成長の願いを込め具現化したもので、 男の子の端午の節句にお祝いとして、父方、母方、ご両家、ご両親が願いを込め鯉のぼりやよろい・かぶとを贈り、人から人に伝えられました。

五月人形を何故飾るのか?端午の節句(子供の日)の由来

五月人形の由来や歴史は古く、端午の節句初めに五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る、宮廷の重要な祭り事の日でした。五節句の一つとし て、月の初めの午(うま)の日を指し午と五をかけて五日とし、当時農業にとって重要だった5月ともかけて五月五日に行われていました。奈良時代後期に中国から伝わったとされております。 その後平安時代に入ると病気や厄災をさける為の行事ともなり、菖蒲を飾り、蓬(よもぎ)などの薬草おふるまうようになりました。 戦国の世になり、鎌倉時代には、菖蒲と尚武をかけて「尚武の節句」として、五月人形を飾り節句を盛大に祝うようになりました。その頃から武具(五月人形)を飾り、武運を祈ったそうです。それが江戸時代中頃より、男児の誕生を祝い、立身出世を願うようになり広く町民の間にも普及していきました。 しかし、庶民階級は本物の武具を持っていないので、木や革で作った 五月人形(人形・武具・鎧・兜)を飾りました。次第に経済的に力をつけた町人が武士階級を圧倒するようになり、五月人形を飾り、初節句の祝いも盛大に祝うようになっていきました。そうした町人の武士に対するあこがれと対抗意識がミニチュアの飾り物ながら武士のシンボルともいえる甲冑を飾ることに結びついたのだと思われます。初めの頃は門前に幟や吹流しを立ててお祝いしていましたが、次第に室内飾りも豪華に立派になっていったようです。 江戸後期には鯉のぼり・五月人形の甲胄飾りも、かなり精巧で芸術的価値の高い物も作られました。文明開化の明治になると、新政府は五節句を廃止してしまいました。端午の節句(五月人形の飾り)はすでに男子誕生の祝い事として定着していましたし、特に子供に対する愛情の表われでもある、上巳・端午・七夕の三つの節句は今日でも盛んに行われています。
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五月人形/5月人形
五月人形/5月人形

五月人形/鎧/兜/収納飾りの通販サイト販売店の人形店陣屋(兵庫県加古川市)

陣屋の歴史

はじまりは江戸時代

「陣屋」は江戸時代、山陽道(西国街道)に面した、姫路藩の藩役所(加古川役所)として宝暦2年(1752)3月18日の建造と伝えられ、参勤交代のために加古川宿を通行、宿泊する大名に対する応接などに使われていました。現在、建物内部は良好に残っており、江戸時代の加古川宿の面影をのこす建物として大事に管理されています。

参勤交代の時の宿
本陣・脇本陣

加古川宿が画期的ににぎわうようになったのは、江戸時代参勤交代制が始まった頃です。幕府は五里ごとに本宿を定め、中間に間宿(あいじゅく)を定め本陣・脇本陣を置きました。藩主近臣は本陣に、重役以下は脇本陣、その他の家に泊まりました。
加古川宿本陣は寺家町組大庄屋「中谷家」であり、然清家には表通り二十八間、奥行き二十間の膨大な敷地をほこり、その場所は現在の寺家町商店街丹安商店明石屋本店から玉岡路三郎邸までと言われています。

明治天皇も休憩

明治一八年には明治天皇が休憩場所として利用されました。松の盆栽を陳列していたことから「樹悳堂」(じゅとくどう)と天皇が名付けられたという由来もあります。「樹悳堂」は寺家町商店街「人形の陣屋」と「沼田商店」の間の奥に現存し、平成10年1月8日、市の指定文化祭に選出されました。
明治四十三年に御駐輦(ちゅうれん)を記念してという「駐輦之處」碑が建てられました。この碑文は大内青巒という東京都知事が撰んだそうです。

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雛人形三段飾り画像

陣屋(雛人形/ひな人形/五月人形販売店陣屋)

〒675-0066
住所:兵庫県加古川市加古川町寺家町315
TEL:079-422-0277 FAX:079-422-1686

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当社は創業以来、人形(ひとがた)を製造してまいりました。
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